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東京都の「非実在青少年」に関する条例案について思うこと。

ここ数週間の話題といえば東京都の東京都青少年の健全な育成に関する条例の改訂案だったりしますが、ちょっといくつか考えた。


1. 有害図書規制は必要か
私は不必要だと思ってます。別に中学生ぐらいからそういう本にまみれて生きてますが、変に育ったという自覚はないです。(自覚がないだけじゃないのかというツッコミは別として。)
中学生や高校生がそういう本に興味をもつのはおかしなことじゃない。小説は規制されないので、漫画やアニメでそういうのが手に入らなければ小説を読むだけでしょう。漫画やアニメになければ諦めると思われてるのは子供をバカにしすぎ。
重要なのは、子どもが「そういう本しか読まないことによってアホになる。」ことです。これは問題だと思うけど、そういうのは親の役目だろう?都道府県が何かをやるような話じゃない。

もう一つ、有害図書を規制すると犯罪率が上がるだろうという相関関係が見られることです。因果関係はわかっていませんが、有害図書規制は本来保護目的で有る児童を犯罪の被害者にする確率を上昇させます。だから有害図書規制はなるべくするべきではありません。

2. そもそも児童ポルノの年齢定義っておかしくないか?
ちょっと、条例案からは外れるんですが、児童ポルノ規制法ってのがありますが、それの児童ポルノの定義は日本では18才未満となっているが、「低い国では12 歳、一般的には16 歳」が基準となっています。日本の場合、刑法では13歳以上には性的行動の自己決定権があります(13歳未満の女子との姦淫は合意があっても強姦罪となる、13歳未満とのわいせつ行為は合意があっても強制わいせつ罪となることから)。
また、女性は16歳で結婚できますし、義務教育を卒業すれば社会人にも成る可能性があるわけです。
日本の児童ポルノ規制法は、16歳または13歳まで年齢を下げるべきだと考えています。子供をどう育てるかは親の責任。18歳になればポルノに出ていいなんて考えてる親は極少数だと思う。それは13歳だろうが30歳だろうが60歳だろうが代わりはしない。

3. 重要な視点
どんな作品を作るか、どんなことを妄想するか、どんなことで性的好奇心を満たすかというのは個人の自由です。でも、百パーセントの自由が許されないのは現実。なぜ許されないか、許されないのはなぜかというと、「他人の人権を侵害するから」です。つまり、「人権は他人の人権を侵害する場合において、制約される。」ということになります。これの対偶は「他人の人権を侵害しない限り人権は制約されない。」です。
現実の児童が存在する実写の児童ポルノは制約されるのは当たり前です。(ただし、16歳の女子に性的決定権が無いのはおかしいという意味では現行法は問題があると考えています。)
現実の児童が存在しない「実写でない児童ポルノ」の制約は当たり前ではありません。そこに児童は存在しないのですから、人権を侵害される対象はいません。
これらの書籍の存在が、現実の児童への人権侵害を増加させるという主張で、それを通そうという動きがありますが、現実はむしろ逆です。児童ポルノの存在は児童への人権侵害を有意に低下させます。

自分が気に入らない本を法律を使って制約するなんてのは、最低な世界です。まあ、最悪どこかの国にサーバをおいちゃえばなんとかなるんですけどね。

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